ポール・グレアムは、のちに買収によって Yahoo! Store となったインターネット・サービス Viaweb の創業メンバーであり、プログラミング言語 LISP の信奉者であり、著述家である。そう書いてしまうと、コンピュータサイエンスの博士であるだけでなく、哲学と絵画を学んだ経歴を持つことや、2000年代には Y Combinator を設立して後進のベンチャー企業を育てたことなどが欠けている、という感覚に陥る。ついその活動を列挙する誘惑に負けて、要約を避けてしまうような、多才さ、関心の広さを持つ人物である。しかしハッカー文化の伝道師という文脈においては、卓越したエッセイストであることが、やはり最も強調されて然るべきだろう。 エッセイ集「ハッカーと画家」(オーム社) は、ポール・グレアムのウェブサイトに掲載されたテキストの集成である。なかでも同名のエッセイ「ハッカーと画家」には、ポール・グレアムのハッカー観が直接的に綴られている。 ハッカーとは何か。それは創る者だ、とポール・グレアムは断言するところから出発する。建築家がコンクリートを使って建築を実現し、画家が絵の具を使って絵画を生み出すように、プログラミング言語を使ってソフトウェアを創る人々がハッカーなのだと。 それに続く記述は、ハッカーについての誤解を解くことに費やされている。大学や研究所はハッカーに科学者のように振る舞うことを求め、企業は会議の決定にしたがう技師として振る舞うことを求めるが、ハッカーは自らをそうだと思ってはならない、といったような内容である。ただし、ここで取り上げられるエピソードは、ハッカーの生きづらさを嘆くためにあるのではない。ハッカーを自縄自縛から開放し、創る者としての本性を目覚めさせるための、励ましとしてあるのである。本来プログラミングをする者は、画家が絵の主題を考えるように、ソフトウェアで何を解決するべきかを選択できるし、スケッチをするように、コードを書きながら自分が何を作りたいのか考えてよい、というように。 この語り口は、ハッカー界をそうではない世界に説明しようとする、スポークスマン役としてのエリック・レイモンドのそれとは違っている。創ることを通して思考し、成長する創造的な人は、誰もがハッカーであり得る。偉大なハッカーへの道のりは果てしないが、あらゆる人に開かれたハッカー像がそこにはある。その可能性の豊かさを楽しげに語る姿は、ひとりのハッカーであるポール・グレアムが、自らを祝福しているようでもある。「ハッカーと画家」が時代を超えて読まれるのは、ここに理由があるだろう。 [[Paul Graham]]